読書・観劇記録、音楽メモを中心とした備忘録ブログです。
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ケミカルなんだけどナチュラル。一度聴いたら病み付きになる名盤です。
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海うそ / 梨木香歩
海うそ
海うそ
  • 発売元: 岩波書店
  • 価格: ¥ 1,620
  • 発売日: 2014/04/10
  • 売上ランキング: 106071

派手さはなく、地味だけれど胸を確かに打つ一作。時は昭和初期、ただただ丁寧に、南九州と同じくらいの緯度にある修験道のためにひらかれた島の自然と人間の営為が描写されている。
大学で人文地理学を研究する主人公・秋野と、地元の青年・梶井のふたりの調査の道行きが物語の中心となっている。
植物や動物、自然現象、古き先人から伝わり失われつつある習俗。タイトルにもなっている「海うそ」とは蜃気楼のような自然現象のことである。
淡々としかし美しい筆致で描かれているのは、変わりゆく島の変遷、見えない時の流れに消えてしまわないよう記録しようとする秋野の見聞きした出来事である。

五十年前、島に初めて降りた秋野は、許婚と父母を相次いで亡くしていた。それゆえ、喪失ということに敏感であったに違いない。廃仏毀釈によって信仰が踏みにじられ、それまで存在していた寺社がわずかな痕跡を残して消えてしまうという、その圧倒的な事実を、秋野はどのように感じたことだろうか。

梶井青年や老夫婦と過ごした時間から五十年後の、年老いた秋野が再び島を訪れる。
八十歳を超えた秋野。梶井青年も老夫婦も山根氏も亡くなり、島は開発され、山は切り崩され、舗装された道路がのび、リゾート地へと変貌を遂げつつある。
過ぎ去った過去は記憶されなければ、何もなかったことと同じなのだろうか。山や川、多様な気候が生み出す文化的差異がひとつの離島に存在する。その文化は、外部の力によってあるものは変化し、あるものは消えてしまう。
しかし、失われたかつての島の文化と自然を知る秋野の胸に去来する「喪失」は、それまでの喪失の概念を変化させていた。
 
時間というものが、凄まじい速さでただ直線的に流れ去るものではなく、あたかも過去も現在も、なべて等しい価値で目の前に並べられ、吟味され得るものであるかのように。喪失とは、私のなかに降り積もる時間が、増えていくことなのだった。

記録されず、記憶もされず、過ぎ去ったものは最初から何もなかったことと同じなのだろうか。
時間の流れによって消えるもの、共時的な文化のぶつかりあいによってかき消されるもの、それらは失われれば決して戻らない。けれど、今現在、普遍的であると信じられているもの――、郵便、携帯電話、メールやインターネット、コンビニエンスストアなど、――でさえ、いつかは消えてしまうものなのだろう。国、社会、宗教といったシステムも、地球に人間が文化を築き始めてから見れば新しく、決して普遍的なものではない。ただ、普遍的でないからといってそれが否定されるわけではない。
秋野の言う「私のなかに降り積もる時間が、増えていくこと」が喪失だとすれば、この世の中はすべて喪失から免れない。伝統を守りバトンを手渡ししながら続いていくことが途中で絶えてしまうこともあるだろう。それが隆盛を極め、確固たる地位をあるとき確立していたとしても、それでさえも栄枯盛衰、朽ち果てる日がいつかはやってくるものなのではないか。
あまりに長期的に視野を広げると、眩暈がしてしまう。けれども、私たちの暮らすこの世界は、いつかは必ず滅びる。それを前提に、中間的な視座を持って向き合わなければならないことは、この現代には多くあると思う。そして、いつか消えてしまうからといって営為を投げ出さず、コツコツと歩みを地道に進めていかなければ立ち行かない事柄も数多く存在するということも忘れてはならないことであろう。秋野もまた、「モノミミ」や平家の落人の末裔と伝えられる集落の人々のことを、フィールドワークから学び、深く興味を持ち、学術的に後世に残そうとしたに違いない。

この『海うそ』は、著者が得意の植物の描写も、人々の仕草や言葉に垣間見える人間の明るいだけではないところも素晴らしかった。地味だけど、だからこそ描ける深みを感じることができる佳作だと思います。文庫落ちするくらいの頃合いで再読したいです。
| coutaca | 書籍(梨木香歩) | comments(0) | trackbacks(0) |
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